2024/03/26
今朝 WhatsAppが友人からあり
A子さん(享年69歳)が「天に召されました」
1954年04月02日生まれ
(私の1学年上になります)
1月末頃に、友人宅に来られた時は、車から(良く出来た優しい)孫が手引誘導で10メートル位離れた椅子まで歩行出来ていました。
2024/03/24 日曜日
飲茶ランチの時に、A子さんの娘さんが「なんか見て欲しい物」があるらしい...と友人から聞いたので(夕方迄は暇)、 ....14時頃訪問したら❗
💢娘さんの介助でちょうど入浴中に「尻もち」をついて 大騒ぎ❗
(インドネシアでは湯船ではなく、シャワー浴です)
「ちょうど 良かったー! 助けて〜」という事で
床に座り込んでいる状態から、(浴室の仕切り『10㌢』が有って車椅子が中まで入れない)車椅子迄 1,5㍍位 全介助で車椅子に坐り 無事 ベッド迄。
🔴この仕切りは壊してフラットにせなあかんな〜
🔴友人宅に私が改造したプラスチック製の入浴介助椅子(底部が陰部洗浄のため切り取ってある👍)が有るので教えてあげなければ。
とか思っていました。
※元々は、もう歩行器は要らない(歩行不可)けど、畳む方法を教えて? が訪問した発端です。
ピンを別の場所に挿して畳む旧式タイプでした。
私は、介護認定を受けた多数の高齢者と関わりがあった非介護、非医療職です。
A子さん、ほんの少し肌が黄色いかな?
昔から太っていたので、浮腫は解らない。
意識はしっかりされています。
(寝ているベッドを動かす時に声掛けしても、明瞭な返事が有りました)
車椅子前提なので気になっていた部屋のレイアウトを変更です。
※今までは立位可能でベッドに対して(スペース不足で)斜め45度に車椅子を寄せていたのを、(重くて古くて汚い)大机を部屋から出して.....
ベッド横にベタ付(移乗距離が短くなる)しても前後にスペースあり。..と
まあまあ 使い勝手の良いレイアウトにして、
パワーがある(男子中学生の)孫に ベッド⇔車椅子の移乗方法を説明して.....
A子さんも落ち着いて来たので、
「ほなね〜 Da dah〜」って帰りました。
その後の情報では、24日 夜 SpO2値が低下したので、娘婿の車で病院IGD (Instalasi Gawat Darurat/Emergency)へ......
25日 は経管栄養だった らしい。
日曜日に本人を見て、話していて、娘婿,実娘,孫1人の同居家族だから 1週間位で落ち着いたら帰れるんちゃうかな?
というのが(私) 素人の判断でした。
家に戻ったら、もう一回訪問して、暮らしやすい(介護しやすい)アドバイス(お節介?)をしたほうが良いかな? って思っていました。
詳細はまだ聞いていませんが、
断片的な情報では腹水が溜っていたらしい?
入院先の病院の評価、A子さんの入院後の状態や処置などは知りませんが、日曜日からの火曜日。 え〜 っ 驚きしかありません。。
葬儀の案内が来ました。
下記に「やけど」って翻訳されているのは「火葬」って意味です。
今朝(火曜日)亡くなられてからご遺体を「急速冷凍&エンバーミング」して水曜のお昼に棺に収まって出てきて、その後 蓋を閉める。
水曜13時から木曜迄は弔問期間。
金曜10時に 火葬場へ出発。というスケジュールです。
※カトリックは、火葬or土葬が(故人や家族の希望で)選択できます。
ちょうど イースター時期ですが、火葬を選ばない理由は「怖い」「3日後に蘇る(伝説)」があるから らしいです。
03/27 12時40分頃にAdijasa に来ました。
既に神父様は到着済み。
30分位のお祈りの後で、小瓶に入った液体(聖水?)をご遺体の周りに振りかけて(家族→参列者の順)その後 家族が故人の衣服をご遺体の周りに詰めてから、(日本の様に「花」は詰めない)
棺の蓋(小窓は無し)を緑の服のスタッフが(音がしない様に)木ねじで閉じて 今日のカトリックの儀式はおしまい。
あとは、(私は)好き勝手にテーブルの上のパンやケーキをブッフェの様に食べて時の過ぎるのを待ちます。
そろそろ 帰ろうかな?ってタイミングで「バクソ(肉団子スープ)」を食べてって❢という事で
バクソを食べて帰宅しました。
※スラバヤの習慣の「斎場帰りは屋台でなく、お店で(持ち帰りはダメ)何か食べて帰る(厄落とし?)」ですが、A子さん 「厄 災い」は持ってへんやろう? っと勝手に判断しました。
次は金曜日の朝に行きます。